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メアリー・アン・マシューズは言った:
僕は言った: 悲劇だな、と思う。どうして僕はこうなのかな、と思う。欠落しているのは確かなことだしもうずっとそれに付きまとわれてきた気がするけれど、存外、それを悪くないなと思っているのも確かなことだ。手首を刃物で撫でて、それを嬉々として人に見せるのと変わらず、人より足りないことを人と違うと言って喜ぶ、あるいは人より足りないことで人と違う存在になろうと一所懸命になる、そんなものの片鱗がないとは断言できない。そんなことずっとわかっているし、それを誰にも指摘されなかったのは、優しさやそんなことじゃない。誰も僕にそれほど、世話を焼いてやる価値を見出さないってことに近いんだ。
メアリー・アン・マシューズは言った: これだってそうだわ。
僕は言った: これだってそうなんだ。
メアリー・アン・マシューズは言った: おかしな人。
僕は言った: 僕はそうなんだ、そうやって、君が僕を理解しがたい目で見る、そういうことを期待してるんだ。
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メアリー・アン・マシューズは言った: 燃え尽きる、だなんて、火が点いてもいないのに。
僕は言った: 振り返ってみれば誰にだって、そういう感覚はあるはずさ。振り返ることのできる立場にあるからこそ、当時を半ば揶揄するように、燃え尽きた、なんて言うのさ。僕みたいに見るからに火の点いていないような人間にだって、確かにいくらかは燃えていたときがあったんだ。
メアリー・アン・マシューズは言った: 燃えて尽きて、今は一体どうなっているの。
僕は言った: 君にこの話はしたかな。あまり即物的な、僕の日常的なことは話してこなかったように思うけれど。ここ半年で僕は、二年か三年の親密な関係を切り離してしまった、六年か七年の敬愛するべき関係をうっかり落としてしまった。それと、六年か七年振りに自分と似た人と再会することができた。何かが離れたりまた戻ったり、人間と人間の関係に浮き沈みのようなものがあるなら、人間そのものにだって浮き沈みがあるはずだろう。
メアリー・アン・マシューズは言った: それで、今は浮いてるっていうのかしら。
僕は言った: 冗談じゃないね。プラスとマイナスが合計でどちらかに傾くことなんてあるのかい。死ぬまで得たり失ったりし続けるのに、一瞬たりと気を抜いていい理由があるかい。
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メアリー・アン・マシューズは言った: どうして誰にも心を開けないのかしら。
僕は言った: くだらないことだとはわかっているはずなのに、誰もが僕のことを見透かしている、という考え方をやめることができない。どんなに信頼のできるはずの人たちと過ごしていたって、心のどこかにそれが染み付いて離れることがない。それは多分、ごくありふれた山を乗り越えることができなかった自分に、どうにかして合理的な解釈を与えたいとか、その程度のことだと思う。頭では合理的なことを考えているつもりで、けれど僕は、例えば僕に起こるいくつかの不都合なことは、僕に何割かの落ち度があるということを、どうしても全面的に許容することができない。それは、僕が弱いからだ。それを受け入れることで自分を否定することが許容できないからだ。あるいは、誰かが僕を無意識のうちにでも陥れようとしていることを、どうしても信じたくないからだ。不都合は災厄のように、突発的に誰もに訪れうるだけのことだと思い込みたいからだ。
メアリー・アン・マシューズは言った: 何にもならないのに。
僕は言った: くだらないことだとはわかっているはずなのに。できることなら、誰かと判り合ったり分け合ったり、とも思うよ。でもメアリー・アン、できないんだ。またそこに突発的な災厄が訪れないとは限らないのに、どうして門を開けて来客を笑顔でもてなせるだろう?僕のもてなし方が間違っていて彼や彼女を怒らせたり傷つけたりするかも知れないのに、または彼や彼女が僕を陥れようと狙っているかも知れないのに。くだらないことだとはわかっているはずなのに、僕にはそれができない。
メアリー・アン・マシューズは言った: 怖がってるだけのことでしょう。
僕は言った: 君は嘘を吐かない、と言ってくれ。
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メアリー・アン・マシューズは言った: あなたが言いたかったこと。
僕は言った: 僕が最後に言いたかったのは、まさか僕がそんなこと、と君は思うかも知れないけれど。君が頭を悩ませて胸を痛めていたように、僕も同じように、頭を悩ませて胸を痛めていたということ。君は、まさか僕がそんなこと、夢にもありえないなんて、思うかも知れないけれど。
メアリー・アン・マシューズは言った: 上手く伝えられたのかしら。
僕は言った: どうにもだめだったね。今でも、多分だめだろう。
メアリー・アン・マシューズは言った: 何がいけなかったのかしら。
僕は言った: 僕らのうちどちらかが悪かった、なんていうことじゃない。ただ、運が悪かったんだ。